3/1 (土) 9:00~12:00 一宮市民活動センターにおいて、哲学対話をメインプログラムとするイベントを行います。
哲学対話は「考えるとはどういうことか 0歳から100歳までの哲学入門」に登場する対話手法です。
こちらのサイトは著者の梶谷真司さんが本書へ向けたコメントも掲載されています。
3/1 (土)のイベントに向けて、本書の内容を引用しつつ、哲学対話とは何か、考えるとは何かを再考しながら紹介します。
また、これまで実施した哲学対話における記事も紹介していきます。
3/1(土)の対話イベントに向けた記事一覧 | Notion
No.8
第1章 哲学対話の哲学
p.47〜
一口に哲学対話と言っても、何に重点を置くか、何のために対話をするのかで、ルールの進行の仕方も違ってくるので、一般論としてのどのようなスタイルがいいのかは言えない。ここでは私がいつも掲げているルールをあげておこう。
何を言ってもいい。
人の言うことに対して否定的な態度をとらない。
発言せず、ただ聞いているだけでもいい。
お互いに問いかけるようにする。
知識ではなく、自分の経験にそくして話す。
話がまとまらなくてもいい。
意見が変わってもいい。
分からなくなってもいい。
これら八つの対話のルールのうちのいくつかは、他の話し合いやワークショップなどにもあるだろうし、はじめて見るものもあるだろう。だが、表面的に似ているように見えても、内実はかなり違っていて、これらが全体として対話を哲学的な探究に変える。
そこで以下、このルールの意味について説明しながら、哲学対話の特徴を詳しく見ていこう。
何を言ってもいい場はない
私が哲学対話でもっとも大切だと思っているのは、「自由に考えること」である。そうすることでこそ、対話は哲学的になると信じている。このことに比べれば、思考が論理的かどうか、首尾一貫しているかどうかなどは、さほど問題ではない。それは時に思考の幅を狭めてしまう。 ではどうすれば、思考は自由になるのか。 先に述べたように、哲学とは「問い、考え、語り、聞くこと」であるが、このうちとくに「問う」と「語る」からいかにして制約を取り払うかが重要である。私たちは自曲に問い、語ることによって、はじめて自由に考えられるようになる。先の八つのルールは、すべてそのためにあると言っても過言ではない。
本イベントでの哲学対話でのルールはこのようにしました。
ルール
・何を言ってもいい・何を聞いてもいい
・聞かれても答えなくていい
・聞かれてなくても話していい
・聞いているだけでもいい
・問いかけるように心がける
・知識ではなく、(あなたの)経験に即して話す。
・話がまとまらなくても、分からなくなっても、意見が変わってもいい。
・人の意見に否定的な態度を取らない。
太字の部分はとても大切だと考えていて、強制的に関わりやコミュニケーションを強いないルールです。
自由に考え、自由に語り、自由に問うと同時に、話さない自由を保証します。
学校のグループワークなどが苦手だと感じたことがある人も、これらのルールがあれば安心して対話に入れるのではないでしょうか。
こんな場は日常の生活にほぼありません。
しかし、ストレスのないコミュニケーションの土台と言いますが、
コミュニケーションのスタート地点と言いますか。
安心が担保できれば、自由な考えと、発言と問いかけが生まれるのではないかと考えています。