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gt-24o’s blog

思慮深く、大胆に書きます。

理想

理想

1 人が心に描き求め続ける、それ以上望むところのない完全なもの。そうあってほしいと思う最高の状態。「理想を高く掲げる」⇔現実。
2 理性によって考えうる最も完全な状態。また、実現したいと願う最善の目標あるいは状態。

デジタル大辞泉より

 

自分で考える理想は、頭で練り上げられたものな気がしています。

なので、自分が知らず知らずのうちに、描き上げた理想は、理想じゃない場合もあるんだなと。

確かに、体験が伴っていない。いわば、空想にも近い。

 

でも、理想を否定するわけではなくて。

理想をもってそれを実現しようとすることはエネルギッシュだ。

 

理想には、そんな側面があることを知りつつ、囚われないようにしたい。

 

おわり。

子どもがいるから僕がいる。

子どもの数だけ、

子どもが考える"学校"がある。

みんな違って見えている。

求めているもの違う。

期待しているものも違う。

位置づけも違う。

 

その上で、41人で学び合う授業をする。

そりゃ、こちらの思い通りにいかない時だってある。

よく考えれば、その方が多い。

その中で、

何とか学ぼう、

出来るようになろうとしている。

 

一見、そう見えない子も。

何かをこちらに求めている。

放っておいてくれることを、求めていることもある。

 

でも学校にきている。

 

どんな子でも、学校にきているのであれば何かを与えたい。

 

極端かも知れないけど、

それが"放っておく"ということでも。

 

"放っておくこと"を与える。

というか、何というか。

 

学校に来てくれている子どもがいるから僕の存在意義があるんだという日々、感じて感謝ですね。

おわり。

先生離れ

担任となりまして、子どもと話す機会が増えました。

特に、

「〇〇はどうすれば?」

「〇〇はどう思いますか?」

などなど、質問の嵐です。

 

頼られて、頼りにされることは嬉しいことです。

しかし、

私に聞かなくても解決できるんじゃないか?

というものも中にはあります。

 

子ども自身で考えれば答えは出るけど、その責任を自分で取ろうとはせず、

とりあえず先生に聞いて、安心を得ようとしている場合があります。

 

こんな時は、

どうしたいのか。

どうするべきか。

一緒に考えはしますが、

私が答えを用意したり、指示したりしません。

困ってることもあるけれど、

頼られることより、

自分で考え、選択し、その選択に責任をもてるようになってくれるよう接したいと思っています。

 

ただ、その子どもがどんな選択をしたとしても、50%は水面下で責任を負い、気づかれないように見届けることが大人の役目なのかと感じています。

子どもがどうしようとない状態になる前に、「どうした?」と声がかけられるような。

そして最終的には、

先生離れ

していってほしいなと思います。

おわり。

 

不思議と元気もらってた話

今日は何とも、元気が出ない1日でした。

でも、授業では準備したことを出せるよう、精一杯やらせて頂きました。

若干、無理したかな?

とか思ったのですが、

授業は楽しく、授業終わりには元気を分けてもらってました。

子どもたちいて初めて成立する関係であると共に、元気まで分けてもらいました。

 

まあ、一時的なもので、今ではクタクタですが。笑

 

ありがたいなーっと思います。

おわり。

 

ファシリテーショングラフィックを学ぶ会

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ファシリテーショングラフィック

縮めて、

ファシグラ

宮田 基 先生が名古屋で開いている講座が知立であったので参加してきました。

話し合い、会議、相談などなど。

形に残らないコミュニケーションを「見える化」していく。というもの。

 

私が初めて参加したのは、約一年前?!

この概念を知ってから、去年と今年は授業の板書を写真にとって、記録に残す教科も出てきました。

黒板やホワイトボードのレイアウトを常識にとらわれず、全体像と簡単な枠組みをイメージしてから書けるようになってきた気がします。

書くだけでなく、意見や発言を拾いながら仕上げていく必要もあり、耳と手をタイミングよく切り替えながら、やっていく楽しさもあります。

名古屋で月に一度のペースで開催されていますので、参加オススメです^^

豊田自動織機 碧南工場見学

教員を対象とした工場見学に参加してきました。

卒業後、多くの子どもが工場で働きます。

 

ものづくりがしたい!=工場で働く

ではないけど、

工場で働く楽しさは必ずある。

でも、

本当にやりたいこと

を仕事にできずに、

お金をもらうためだけの労働をするのはオススメできない。

(※工場で働けることを否定しているわけでなくて。

初めて、工場の中をみて、そこで働く人の熱意に触れてみて。

私は何が出来るかということ。)

私も経験したことがないために、

じゃあどうしたら良い?

と聞かれれば答えを用意できてない。

答えを用意できる人は、

その人の人生に責任を取れる人で、

そんな人はなかなかいないかなと。

自分の経験したことない場所へ、多くの子どもを導いていく。

 

今の自分に出来るのは、

今日を楽しく生きる、思考と術と、問いを立てる力を伝えることかな。

現状を常に問いただす。

 

40人が、自分で、40通りの自分の答えにたどり着く応援をする。

 

そんでもって就職はゴールじゃなくて、

人生を、労働と遊びで埋め尽くさないでというメッセージを伝えて行かないとなーって思う。

おわり。

授業の号令 part2

授業の号令を何故するのか?

礼に始まり、礼に終わる。

 

これは、感謝し、感謝される関係の形。

対等でありながらも、

「教員とせいと」という関係で、

50分間お願いします。

という意味なのかなと。

 

子どもがいなければ、

私たちに価値はないし、

授業をある程度、構成して流れを司る人がいなければ、

子どもたちも困る。

 

互いの存在があって初めて、

教育だし、"共育"が成り立つ。

 

こんなことを教えて頂いた先輩に感謝。

おわり。