名南工業高校の3年生は、テストも終わり、成績も付け終わりました。
そして、それぞれの教科で最後の授業を迎えます。
今の3年生は、私が初任者のときに、2年生で副担任をもった学年であることもあり、関わる時間が長かった学年です。
私は、去年から今年にかけてたくさんの失敗をしてきました。
失敗の大切さ、失敗の本質を実践(授業)の中で共に学び合ってきたと思っています。
そんな3年生の、最後の授業でこの動画を一緒に見ました。
3-4,3-5,3-6を授業を持っていますが、3-4の特定の子どもたちはとにかく私の話を聞いてくれません。笑(全然問題ない。笑)
私の話がつまらないから仕方がないとは思っています。
伝達事項は、その子どもたちも、聞かなければいけない情報なので、聞きます。
しかし、私が何かを表現するとなると話は別です。笑
すっっっごく聞いてくれる子たちもいるので何とか話したくて、いつも笑いながら「ちょっと聞いてくれよ~笑」と頼み込んでいます。笑
今回は、動画を見るということだったので、さすがに聞いてくれるかと思いきや。笑
そんなに大きな声で話します?っていう声で話すんです。笑
確かに、
自分たちで選択するんだよ。
とは言っていますが・・・笑
2年間のたまものだと思いました。(意外と気付き)
動画のテーマが「受け入れるという生き方」なのに、授業開始5分で、話しまくる子どもたちを少しながら、受け入られませんでした。笑
ここで大切なのは、聞きたい人達が、聞けているのか?
という一点だと思います。
大きな声で話している人は、他者の配慮が出来ているか?ということ。
(クラスの関係性を築くのは子どもたちなので、ここへの介入は最小限にと思っています。)
間違えても、いうことを聞かせなければとか、自分の話や、題材が間違っていたからつまらないんだ・・・という思考にならないことです。
(振り返りと改善は必要です。)
40人が全員、見たい!と思う映像なんて、最近で言えば、「君の名は」くらいなもんです。
誰かが自分の事を受け入れてくれていないと思っている時ほど、
相手の事を自分が受け入れていないことが多いのだと思います。