gt-24o’s blog

教員として働きながら、学習・交流団体「教師塾」を主宰しています。わかるとできるの違いに注意しながら、思慮深く、大胆に書きます。

自分であること

今日の自分は、自分がそうありたかった自分だ。

 

だから、否定しないであげよう。

 

やりたくないことはしない。

やりたいことはやる。

その瞬間に自分のできる最善の連続。

 

だから、否定しないであげよう。

少し省みて、また最善を淡々と一歩いっぽ。

 

最善は、出来る範囲でいい。

やりすぎは禁物。

ベストバランスで。

 

無理に頑張って分だけ、

なんで?

ってなるから。

そうしたかっただけ、そうすればいい。

それが最善。

だから今日の、今の自分は最善

第5回 教師塾 振り返り part3

今回は第5回教師塾のメインワークだったインタビューゲームにおいての、

質問についてです。

 

今回、質問ついて気付いたことを箇条書きします。

・その人のことを知る入り口

・相手が話しやすい状態になるもの(質問されるの、興味を持たれるのって嬉しい。)

・自分自身の関心があることがわかる

・今まで聞かれたことのない問いを受け、話し手は新たな自分に出会う

 

これらのことを少しまとめると、質問というと聞き手のためのような気もします。

しかし、インタビューゲームには3つのルール

「何を聞いてもいい」

2  「話したくないことは話さなくていい」

3  「聞かれてなくても話していい」

があるので、

聞き手のためになる質問もあるし、

話し手のためになる質問もあるということです。

こればかりは偶発的に起きていて、

意味付けは人それぞれだと思います^^

 

↓この動画は、個人的にイチローさんがインタビューゲームのルールを体現している気がした動画です。笑

youtu.be

 

おわり

第5回 教師塾 振り返り part2

今回は自分の中に残った気づきを紹介します。

 

他者に発言したことは、一度自分に問う。

自分に問うことは、他者にも聞いてみる。

 

このバランスは大切さに気づきました。

当たり前かも知れませんが、

私は自分に問うことは割と限界まで(笑)するのですが、自分に問うことを同じ数だけ他者に聞けずにいます。

なぜ聞けないのか。

ここでも自分に聞いてみたら色々でてきました。

・自分が正しいと思っている。(思いたい。)

・自分の考えをさらけ出すことが怖い。

・そんなことはとうに考えて通った道だと思われたくないわ、

・否定されたくない。

などなど。笑

小さなプライドぎ邪魔をしていることがよくわかります。笑

 

他者から問われた時に自分がこんなことを思うかと言われれば、これらのことを私は考えず、

他者の考えが知れて嬉しく思うくらいです。

同じ悩みをもっていたとか、

その悩みに力になれたとか、

そんな視点があったのか!とか、

とか。

真剣な問いほど受け入れやすく、

また問いを出したその人に、伝えることで、

問われた方も気づくことがある。

 

第5回教師塾の前から現場で、少しずつ、

「聞いてみる。」、「問うてみる。」

ことを意識して始めていましたが、教師塾を経て、より問うことの鮮明になったことがありました。

 

それは、

共有のグレーゾーンを作ること。

です。

 

どんな人でも、その人が人である限り万能ではないです。

対話をして、話を聞き、問うことで、相手の"弱さ"で、あり"強さ"の部分を垣間見る。

そして、そっと弱さに触れてみる。

自分も一つ、弱さを見せる。

 

すると、互いの弱さを重ねることができる気がします。

なんか、傷の舐め合いのような気もしますが、そうではく、

自分と向き合った人同士が、自分に足りたいところを重ね合わせる感じです。

 

問うことの可能性にこれからも向き合っていこうと思います。

 

おわり

 

次回は、「質問」について書こうと思います。

第5回 教師塾 振り返り part1

第5回教師塾が開催されました。

今回もズドンと落ちるフレーズが私の中に沸き起こりました。

対で、そこから複数人で、体験をもとにした議論には必ずと言ってよいほど気付きがあります。

 

・安心して失敗できる場

・体験重視の学習の場

・大人のサードプレイス

を目指してしましたが、今回もそんな場になったのかなと嬉しく思っています。

今回の講師は教師塾のスタッフでもある、

廣安祐文(ひろやす よしふみ)さんでした。

今回のテーマは、

~聞くとは何か?人生が変わる対話への扉~

でした。

「インタビューゲーム」を軸にした、ワークショップを展開しました。

インタビューゲームについては、廣安さんのブログを参照ください。


ペアの方に書いていただいた、他己紹介文を紹介させて頂きます。

(ペアの方に私をインタビューして頂いて、私になり切って私の紹介文を書いて頂きました。)

「泳いでおいでよ。溺れそうになったら手を借すから。」

私は西尾 亮です。人と向き合うことが大切だと思っています。今まではその子、その人の目を見て言葉にならないことにも焦点を合わせ、ちゃんと向き合ってきました。

自分自身に対してもそうです。自分に嘘はつかない。つきたくありません。だからこそブログを更新しているのもあります。常に自分が正しいわけではないから、反省点を公表しているのです。しかし、最近はグレーゾーンもありかなと考えています。

隠さず思っていることを伝えるだけが正統ではない気がしてきているのです。他にももっと大切な係わりあい方があるのではないか・・・・という予感がパートナーとの間にあります。

自分の人生は今後も続いていき、未知ではるけど、

オープンに受け入れ懐深くありたい。かつ真の言葉の矢を射って相手の心に届けたくもあります。

 

昨日、書いていただいて、読み返しながらも感動できています。

むしろ、今のが嬉しさは大きいです。

誰かのために必死に考え抜かれた文章は、

その人の違う面を、違う言葉を使って表現されます。

それが、何とも心地がよいです。

 

今日はこのへんで。

第5回 教師塾

本日は第5回教師塾でした。

以下、西尾が気づいたことを記していきます。

 

・質問は、聞き手側のためのもと、話し手側のためのものがある。

 

・興味をもつことも大切だけど、まずは聞いてみる。(質問をしてみる。)

 

・(よく考えて、理が通る内容で)言いたいことを言うことが出来、他者が言いたいことを、自分が言われやすいこと状態のの両立が出来ることが理想だと再認識した。

 

・学校(他の環境でも)では、コミュニケーションをもってコミュニケーションを学ぶ機会が少ない。

 

・コミュニケーションは、コミュニケーションを持ってでしか学べない?

 

・他者との意見の違いから、合意形成をとるだにコミュニケーションをとることは大切なことの一つだが、常に(無理に)向き合い、わかり合う必要はない。

 

・対と、対以外では、コミュニケーションに大きな差が出てくる。それは、人は同時に二つ以上のことに気を配らないことからだと思われる。

 

・聞くことの重要性を意識した後の懇親会では、聞くことに重点を置くので、聞ける(気がする)、

 

・学ぶことに主体的なことは、学ぶことの前提である。

 

 ・人と人が関わり、わかり合うことの可能性はかはり知れない。

 

教師塾 西尾