数年前の体験を簡単に振り返りながら、
自分の節目節目には、先輩や大人がいたことに気づく。
その大人たちがしてくれたことについて書いてみる。
私は数年前に「夢甲子園」なるイベントに参加した。
簡単に説明すると参加者100名が自分の夢を語って(オーディエンスもいる)、その会場の人に応援してもらえるものを1つ決めるというものだ。
社会1年目だった自分も夢を話した。
「学校の中に塾を作る。」
というテーマで話した。
学校外から月に一度、社会で活躍する大人にお話をしてもらうこと。
週に一度、生徒が集まって自由に学べる場所を作ること。
(今考えると、話をする大人を決めていたのは私だったので、その大人は子どもが決めるものかなと。また、現在は子どもが望めば(教科問わず)自由に学べる場所を自分の授業や行後に短いながら確保できていると思う。)
当時、私が話した夢はそこに集まる人に応援してもらえるものだった。
そして、この夢は自分が職場で一人で実現させることを決めていたことだった。
だから、そのイベントを主催した人々(大人)と話し合った結果、
職場の外で一般の人に向けてやってみてはどうかという流れになった。
それが「教師塾」だった。
私がこの夢甲子園で得たものは、
応援してもらえる権利、資金、そして
(人生を前傾姿勢に思慮深く楽しむ)人生の先輩方からの
”問い”
だった。
「君はこの人生で何がしたいの?」
という趣旨の質問をいろんな形で投げかけられた。
その大人たちは手段も、実績もあったけど、
自分には何がしたのか?
という根っこが見えていなかったように思う。
(社会人1年目で見えることなんて少ないのだろうなぁ・・・とも思う。)
当時、社会人になってみて、
力不足による自分への怒りと、
今日になって、
今尚残るこの職場への違和感を、
1年目に考えまくって、炙り出せたことはとてもありがたかった。
夢甲子園に誘ってくれた人も、一緒に教師塾を運営してくれるのもありがたい。
これからどうするのか。
転換期がきている気がする。
やってみればいい気もする。
おわり