gt-24o’s blog

教員として働きながら、学習・交流団体「教師塾」を主宰しています。わかるとできるの違いに注意しながら、思慮深く、大胆に書きます。

責任と言葉とそれ以外の方法

ミスをして、

「集中していこうぜ!!」

「もっとこうしなきゃ!」

おそらくそんなことは、本人が一番わかっているだろう。笑

 

チャレンジ中の人に、チャレンジしていない人が思いやりのかけらもない声かけ・求めてもないアドバイスや評価。これらはネットの普及の共に溢れかえった。

 

目の前に当の本人がいてもそう言う声かけをしてしまうのを見かける。

人ごとでその発言に責任を微塵も感じない。

 

これは学校で、上下下達的にされてきた評価やアドバイス・声かけや指示によるものなのではないかと感じている。

人ごとでありながら自分は安全地帯でその人たちのことを、あーだこーだ言える。

こんな楽で、偉そうな立場はない。

 

本当にその人のことを思えば、言う以外の方法をその人と対等な関係の中で見出すことが大切だろう。

本当にその人のことを思えば、かけられる言葉が限りなく少ないことに気づけるはずだ。

 

その人が行ったことの責任はその人にしか取れない。

その他者の責任の1%に本気で立ち向かうには、

その人との関係性や、技量・時間・立場などを投げ打つ覚悟がいる。

 

そんな気もないのに、のうのうと言葉をかける人を私は信用できない。

 

他人事=冷たい

ではない。

中途半端に他人の責任を負うふりをする方がよほど罪深い。

 

おわり