gt-24o’s blog

思慮深く、大胆に書きます。

"発達障害"という言葉は誰のためにあるか

今年度一年間、発達障害の子がクラスにいました。

(障害を作ってるのは、社会だ。と言われているある方の言葉に私も賛同するかぎりです。)

私は自分なりに学び、その子を見続ける。

本人も自覚していて、親御さんも協力的。

この三角形ができて初めて建設的な処置がとれる。(学校という場所ならギリギリとれるんじゃないかという意味。)

その子との日記をつけて、授業中の睡眠対策、忘れ物対策をしました。

学校という社会へ順応するトレーニングです。

(前提として、学校側が子どもが苦にならないように価値観をかえてほしいなと思う。寝てもできてりゃいい。忘れ物しても助けてくれる子があれば良い。と思う。)

(ある共同体に順応するトレーニングという認識ならやる意味はあると思うし、そういう気持ちでやってきました。)

三者面談で高校にきて初めて学校が楽しい。

と言ってくれました。

嬉しいけど、嬉しいけど学校はそういう場所です。

 

比較ではないのです。

そこにいる人(私たち)次第なんです。

 

おわり