今回は、宗教と哲学の違いについて。
この記事を読む前に、私が漠然とざっくりと理解しているつもりでいたのは、
哲学は考えること(考える過程)で、自他の助けになるかもしれない。
宗教はゴールがあり、何かを信じれば助かる。
という違いがあると思っていた。だ
記事を読んだ後、
宗教を信じるかどうかは別として、知ってみることは大切だと感じた。
なぜなら、それはより多くの人の価値や考えの基準を知ることになるから。
以下は記事の中から気になった部分の抜粋です。
有名な、「万物の根源(アルケー)は水である」という説だ。
人類の知の歴史から見れば、ここにはある重要な進歩があった。
なぜならタレスは、「水」というキーワードを、信じるべき“神話”としてじゃなく、みんなで“たしかめ合う”べき原理として示したからだ。
「万物の根源(アルケー)は水である」
この言葉は、古代ギリシャ最初の哲学者だと言われる、タレスさんの言葉だ。
万物の根源は水だと言い切るには、多くの知識・視点が必要であることが想像できる。
信じる対象が、神話から、原理へのシフトしたということ。
では、これは科学とはどう違うのか?
次回へ繋がります。
私は目の前の物事、人(生活)においての、”納得了解”を見出すことが自分の中の哲学だと考えている。
とすると、かなりスケールの大きな話だ。
しかし、最少も最大も知って困りはしない。
目の前のことを大切に、昔の方々が何を考えていたのかを少しずつ知っていく。
おわり