公立学校の教員=先生
という見方はここ二年で吹き飛んだ。
私が考える、先生の定義は、
「先に生きてる(だけの)魅力的な大人」だ。
これ以上でも以下でもないと思っている。
魅力的の定義は、一日、1日、コツコツと少しずつ着実に成長(主観で良い)を積み上げられる人だ。
成長を積み上げると、伝えたくなる。
たくさんのチャレンジと失敗を元に、"今"大切なことを伝えたくなる。
それと同時に子どもたちの関心に寄り添いながら、共に歩んでいく。
そんな感じだ。
ふと、思う。
公立学校なくなって民営化されたらどーなんだろ?って。
そんなことあるはずない。と心の底ではまだ思ってるけど、あり得ないこともない気がする。
だからってこれからの選択が変わるかどうかって言われればそこも関係ない。
その時にベストな環境に飛び込む、作る。
それだけの話だ。(ビビってるところもある。)
そしてそして、
多種多様な教育関係者が、自分の頭でビジョンを描いて、自分の大切なものをもちよって共有する素敵な時間がある。
時間があれば是非。