gt-24o’s blog

教員として働きながら、学習・交流団体「教師塾」を主宰しています。わかるとできるの違いに注意しながら、思慮深く、大胆に書きます。

自分が見る自分 他者が見る自分

自分が思う自分とはどんな人だろうか。

私の場合は、

他者によって自分の姿は少しながらかわる。

他者一人ひとりによって違うなんてことはない。

学校にいる私、酒を飲んでいる私、野球をしている私など。

たぶんですが、かなり違う印象を持たれると思います。

こんな感じがいいなとか、

あんな感じに振る舞った方が良いなーとか。

そんなザックリとした感じ。

 

ただ、こんな自分が抱く自分のイメージはどこにも存在しない。

自分がどんな人かを決めるのは自分ではなく他者だからだ。

だから、出会った人の分だけその人たちが抱く自分のイメージがある。

 

とすれば、

他者からのイメージを考えて、敏感になるか。

他者からのイメージなんて人の数ほどあるんだから気にしなくても良いのか。

と考えてみても良いが、

これは問いがいまいち。

 

他者が見る自分のイメージと、

自分が見る自分のイメージが近くなっていくにはどうしたら良いか?

と考えるのが良いかもしれない。

自分の仕草や言葉の選び方を考えて、

自分がどんな人なのかを自然にストレスなくいつもの自分でいながら、

何を伝えたいのか、何を表現したいのかなどを、正しく豊かに発信していく。

そして、怖がらずに自分のことをきいて、フィードバックをもらうといい。

きっと、世の皆さんは自分のことをそんなに見てないことが分かるから。笑

そして、見てくれている人も必ずいるから。

 

おわり

2018.2.8 定時制ラスト授業 20:30帰宅

小4-29

2:53

ミス1

 

※ 途中式も書きなさい

と書いてありましたが書かずにやりました。

小中と本当にこういうの書かなかった。

そして今も書かなかった。

これは、書く書かないに意味があるのか聞いてみよう。笑

 

物事の抽象度が豊かになってきている気がする。

特に授業で表現するときにそれを感じる。

目に見えないものは、目でみようとしてはいけない。

いめーじとか、そんな感じとか、こんな感じでよい。

わからなくても、残る授業になりやすい気がしている。

 

おわり

2018.2.7 18:00 帰宅も…

23:10開始

小4-28

1:51

ミス1

名前、日付書かないではじめると序盤で凡ミスする気がする。(かなり)

 

昨日やってない。

らくだを見えるところに置いていないことが原因の1つだ。

寺子屋にいってプリントをもらいがてらプリントをやって帰宅するとカバンの中に入ったままで次の日やらないというパターンが多い。

※らくだをやらない9割9分は自分の意識です。笑

 

デジタルデバイス

職場では、

生徒は携帯電話およびスマートフォンの使用は禁止だ。

テスト範囲、模範解答、資格試験の過去問、年間行事予定なども紙媒体だ。

写真やPDFで共有すれば一瞬であるものも、手書きやら何やらで頑張っている。

そういう類のものを掲示した際は素早く教室を後にする。笑

 

「Send Anywhere (ファイル転送・送信)」をApp Storeで

このアプリは、写真や動画などのファイルのみのやりとりが素早く出来る。

URLもテキストデータにしてしまえば送れる。

通信機能のないスマホを持っておいて、共有したい物のリクエストを受けて、朝から昼くらいに写真をとりアップロードする。

そして、帰りにダウンロード用のキーを教えれば共有が出来る。

個人情報やメッセージ機能はないので良いと思ってるので実装に向けて準備していきたい。

 

[WorkFlowy「WorkFlowy」をApp Storeで]

このアプリは、ふとしたアイディアから読書記録、体系的な勉強にまで使える箇条書きをハイレベルにまとめられるアプリ。

こういうのも情報の蓄積に使って欲しい。

 

「Evernote」をApp Storeで

このアプリは何でもかんでも貼り付けられる無限ノートみたいな感じ。笑

データの保存や共有にとても役に立つ。

 

こういうものを使いこなせるかどうかでかなり違ってくると思う。

大学に進学にする高校生たちに授業しても良いかもなーと思っている。

 

おわり

 

本気は静かに

ある強烈な体験から、それを跳ね返すためのエネルギーとして、本気になることがある。
自分を守るためだったり、
自分の正当性を確かめたかったり。

(決して悪いことではないと思う。)

 

本気には動的な、活発な、情熱的などの雰囲気含んでいる気がする。

 

私は本気が好きだ。

 

ただ、

静的で、地味で、目に見えない本気もあると思う。

 

そんな本気も好きだ。

 

おわり