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gt-24o’s blog

思慮深く、大胆に書きます。

ブログ今日はお休みです。

ブログを休んでも、1日は振り返ってます。

ただ、今日は友人と語り合っています。

腐れ縁の友人です。

腐れ縁ってなんだろう?

って話をしています。

 

腐れ縁についてはまた後日。

おわり。

自己愛と

① 自分のために、自分を優先する。

② 自分のために、他者を優先する。

 

③ 他者のために、自分を優先する。

④ 他者のために、他者を優先する。

 

私は、かなり①を優先する人間だと思う。

でも、①をしながら、自然と他者のためになることって素敵だと思う。

 

自分の今の課題は、②と④がごっちゃになっていること。

線引きは難しいだろうけど、

④も②になってしまうようで、なかなか素直になれていない気がする。

④も結局は②なんだろうけど、(本当にそうなのか?冷たすぎるのか?笑)

でも、

「他者ためとか言って、それ自分のためじゃん。」

って思われるのを嫌っているのかもしれない。

嫌っているというより、怖がっている。

 

怖がったって、自分が他者のためだと思っているなら、それでいい。

 

④は本当に純粋さが試されると思う。(①をするのも一苦労だったけど。)

 

これらをはっきりと分けることは出来ないけど、

自分の純粋な気持ちを、自分で聴けるようにしていきたい。

それが、他者のためにつながってくる。

おわり。

陸上競技部 part5

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部員がリストウエイトが欲しいと言っていたのですが、手首に重りを付けながらのランニングは関節への負荷が大きいことがわかり、購入を断念。

持って走る重りが欲しいと言っていたのですが、どうするのかなーと思っていたところ。

先日、気付いたら作っていました。

よく見るとサラサラの砂が入っています。

まず、砂を乾燥させ、網でジャリを取り除いてつくったそうです。

そして、このペットボトルも、試行錯誤の結果、この種類の握りやすい細さのものにしたそうです。

 

うちの部は、県大会を目指す部員も、体力づくりを目的とした部員もいます。

部には在籍していますが、大会にでるための登録をしていない部員もいます。

そんな中、このトレーニンググッズを作っていたのは、大会にでるための登録をしていない部員を中心に作っていました。

自然とサポートすることで部に貢献することを行ってくれていて、嬉しく思いました。

おわり

家庭連絡

少し気になったことや、問題行動を連絡することって捉えていたけど、

素敵なことを子どもが起こしたり、

ちょっとした前向きな行動を自分だけで「よしよし^ ^」って思うんじゃなくて、家庭とも共有できるといいなあと思った。

それには、当たり前を当たり前にしないこと。

様々な行動を前向きに捉えられるアンテナも必要だなー

物事は考え方次第だ。

おわり。

クラス担任 所信表明(演説)

今年度からクラス担任となりました。

私自身はよい緊張感で本日を迎えました。

それより強く感じたのは、周りの先輩先生から、

「やっとだな。胸張っていけ!」って感じの送り出されているような感覚です。

私は特にクラス担任への強いこだわりはありませんでした。

しかし、やっぱり力は入りました。

子どもや、保護者の方にお話をさせて頂きました。

1年間41人(子ども40人と私)でやっていくんだ。っと何度も繰り返させて頂きました。

[41人で大切にすること。]

①自ら考えること。

 →自ら考えたことを大切にすること。思いついた疑問や問を大切にする。

②対話をする。

 →怒りの感情を持ち出すのは最小限にじっくり話し合う。向き合う。

③肯定的な言動と行動

 →ポジティブとネガティブでいうところのポジティブだけど、ネガティブな発言が悪いわけではなく、それをどうポジティブにとらえることが出来るか?という視点と考え方と姿勢を大切にする。

④ルールは従うものではなく、守るもの。

 →教員が従わせるものではなく、子どもが守るものである。子どもたちがなぜルールがあるのか?と自ら考えたら、対話を通して、肯定的に、前向きにルールを守ろうと思えるように接していく。色々思うところはあるけど、ルールを守ってみようと思える関わりをしていく。

 

ルールに縛られるのでなく、ルールに中で存分に。

①②③を行った上で、④が自然にできることがベスト。

 

[教員として]

①失敗OK

 →すべて始まりであり、新たな問いが生まれるチャンス。

  失敗を嘲笑する雰囲気を作らない。(自然に・意識しすぎず。)

②然るべきときに叱る。

 →然るべきときに、然るべき長さ、然るべき場所で、然るべき人が叱る。

 

この二つは私がやらねばならないこと。

 

いうのは簡単だが、実行することは困難なことばかり。

今後も毎日を丁寧に生きていくことが最も大切。

おわり。

 

 

 

「孤独が君を強くする」を読んで。

孤独がきみを強くする

岡本太郎さんの

「孤独がきみを強くする」

を読みました。

 

言いたいことを言う。

やりたいようにやる。

これは独りよがりに聞こえるけど、

世界に自分1人しかいない状態を想像してみよう。

自分以外の何物かの存在を認知して初めて「独りよがり」という概念が出てくる。

 

自分は1人しかいない。

だから孤独なんだ。

 

しかし、単独と孤独は違う。

私たちは枠を大きくしていけば、何かの集団に必ず属している。

その中で、自分の意見"だけ"を通すのは単独だ。

自分が絶対に正しいとか、強い想いはあって良い。

それも発言してよい。

自分の中にある正しさは、自分しか信じられないから大切にしてあげよう。

 

でも、純粋で強い意志を示したなら、

それに対して出てくる他者の意志を聞くことがとても大切だ。

ぶつけ合いまくる。

そして、本気でぶつかって初めて、

「はっ」っと気づく。

本気でぶつかるってのは、感情込めて話し合うことではない。

自分と他者の中にある純粋で強い意志を冷静にぶつけ合うことだ。

 

そこで分かり合えなくて全然OK。

ただ、お互いに本気でぶつかった分だけ何かに気づく。

それでよい。

わかり合いたいとか、これは言わないようにしようとか、怒られたらきまずいとか、うまくやろうとか、波風立てないようにとか。

くそくらえって話だ。

 

それでいて、純粋すぎる自分の意思は、孤独になる。

 

でもそこで負けんじゃねーよ。

他の人に負けたんじゃなくて、ぶつけるのが嫌で自分に負けた。

だから、それは自分のせいなんだ。

 

孤独が君を強くする

ってのはそういうことかと読み解きました。

 

おわり

自分に影響力がないと知った時、影響力があることを知る。

誰かの心に刻まれるような言葉を・・・

とか、

誰かをこのように導いてあげたい・・・

とか。

 

自分の言葉で影響を与えたい人には、こんな言葉を。

そうでもない人には、特に意識せずに。

 

と無意識のうちに分けても、

自分の言葉で影響を与えたい人には、まったく伝わらず。

何ならいやらしさがあるとまで思われてしまうかもしれない。

 

特に影響を与えるつもりのない人に、ふと何の気負いもなく出た言葉が、

その人の変化のきっかけになったりするかも知れない。

 

だったら自分が考えていることを素直に、

なおかつその人に伝わりやすく、言葉を選ぶことに集中すると、

純粋さが出てくる気がしている。

 

日本語は難しいもので、ストレートに物事を言いすぎると驚かれることもある。

失礼だと言われることもある。

 

ただ、大切な人ほど”純粋さ”のある言葉で伝えたい。

その場では理解されなくとも、自分に純粋な言葉を使い続ければ、

少しずつ影響が出てきて、肯定も否定もストレスのないものになっていくんじゃないかなーって思う。

おわり